年賀状の準備を開始した営業より本日アップします。
パソコンとプリンタで、年賀状はずいぶん簡単にできるようになりました。絵心がなくても、十分な見た目のものができますし。でもちょっと安きに流れているような気がします。自戒を込めてそう思います。同じものを大量に印刷するということではプリントゴッコなんていうものがありましたが、今から思えば手作り感満載でした。ことしは手作り年賀状に挑戦しようと思っています。
プリントゴッコのことを思い出して、いま脳内が活性化しているのですが、あの画期的な製品は平成20年で販売を中止しました。しかしそのDNAは引きつがれ、GOCCOPRO(ゴッコプロ)という形で生き続けています。ただし、値段はちょっと高くて、エントリーモデルであるGOCCOPRO100でも「理想価格1,200,000円」だそうです。年賀状のためだけに購入するのではちょっとコスパが悪いかな。
プリントゴッコが誕生したのは1977年です。
ピンクレディが「渚のシンドバッド」を踊り、石川さゆりが「津軽海峡・冬景色」を熱唱した年です。中島みゆきが「ホームにて」を奏で、イーグルスが「ホテル・カリフォルニア」を発表した年。スタローンがリングの上で「エイドリアン」の名を叫び、スピルバーグは宇宙人と接近遭遇し、ルーカスははるか彼方の銀河系の物語を紡いだ年。谷底には麦わら帽子が舞い落ち、黄色いハンカチが風になびいた年。あ、沢田研二がボルサリーノの帽子を投げていた年でもあります。耐えられないほど濃い年ですね。当時の子どもたちはビックリマンチョコをかじりながら王貞治のホームランに酔いしれていたのでした。
その頃の印刷手段といえばガリ版がありました。
コピー機やワープロもなかった時代の話です。輪転機も普及していなかった頃、配布物はガリ版で刷っていました。ロウを塗った原紙をヤスリと呼ばれる金属の板の上に置き鉄筆で文字や絵を書いていきます。鉄筆で引っ掻いたところのロウが削れるので、インクをひたしたローラーで擦ると紙に文字が印刷されるという仕組みです。文字を書く時ガリガリと音がするのでガリ版と呼ばれましたが、正確には謄写版印刷です。
わが家のガリ版印刷機は、むかし隣人の老夫婦から譲ってもらったものと、元教師の方からもらったもの(↑写真)の2台です。後者はなんと未使用のガリ版印刷機です。あまりにももったいなくてそのまま保管しています。これを使って年賀状を印刷するというアナログなアイデアも悪くはありません。問題は40年以上前のロウ原紙が破れずにいてくれるかどうかです。
明日から師走。全力で駆け抜けようと思います。